AV現パロ 1




※AVパロ やんわり現パロ
※男優デク(29)×素人出演者ショート(24)
※どっちもゲイ
※轟くんが若干M





「どうも初めまして。デクです」
「こちらこそ。ショートです」
差し出してきた分厚い掌を握る。なつこい笑いはその下の隆々とした筋肉とはあまり結び付かない。何度か目でなぞり、頭の中で首と体を結びつけた。下がり眉は気弱そうで、うっすら浮いたそばかすはやはり無邪気だ。
「緊張してる?」
さらりと問いかけてくるので、口に含んだぬるい水を呑み込んで、いや、とだけ応えた。
「うそ」
顔の割に分厚い手が膝に乗ってきて思わずわななく。指摘された声は、場合によっては少し気にも障ったろうが、彼が言うとするりと入ってくる。それは職業柄なのだろうか。
「っ」
「カメラ、まだ回ってないから、気にしないで」
耳元で囁くように話される声は、これからの行為の兆しなどないかのように凪いでいる。
「ショートくんは、なんで出演しようと思ったの?」
「…カネ無くて」
「そんなにきれいなのに」
「は」
「稼ぎ道なら、君ならいくらでもあるじゃない?」
「無い、です。俺、女の人苦手だし」
「へえ、そうなんだ」
柔らかな口調と優しそうに緑に光る目が、懐柔してきそうで、本心がどこにあるのかわからなくて空調の効いた部屋の中で溺れそうになる。こいつは男優で、だから、誰にだって優しくできる。演技だからだ、全部。
「男は好き?」
さらり、聞かれて息が詰まる。
「………はい」
「僕も」
デクはにっこり笑った。それは善人を絵に書いたような優しげな笑みで、じりっと胸が焦げる。ここに来た後悔とか、怯えとか、躊躇いとか、不安とか、自己嫌悪とか、そういうのを全部託していいよと言っているような表情だ。仕事で一度抱くだけのガキにそんな面倒なことはふつうしない、本当に悪い敵(ヴィラン)とは実際こういう顔をしているんだ。頭の中で鈍い警告音が鳴る。Beep,beep,beep,止まらなかった。それが心臓が早鐘のように打つ音だと、遅れて気づく。
「ね、いつから? 教えてよ」
「……こうこう」
「僕もそのくらいだった。似てるね」
「…それくらいで似てるって言わないだろ、ふつう」
「そう? クラスの男子を好きになってってやつじゃなくて?」
 反抗的な言葉にもなんの感情も波立たせず返してくる。そうだけど、と小さく認めると、当たった、やっぱ一緒だとまた笑う。この物腰の柔らかさが、人気の秘訣なんだろうか。
「できっと、それが僕にちょっと似てたとか。そうじゃない? だから応募してくれた?」
「……違います」
「そっか」
軽くうなずかれ、見抜かれている気がしてならなかった。
「僕の初恋もね、君みたいなきれいな男の子だったよ。ショートくんはさ、学ランも似合いそうだよね」
「……」
もう言葉が出ない。心臓をじくじくと噛んでくるような言葉が既にプレイな気がした。なんでわかるんだよ。なんで分かるんだよこのゲイ男優が! 
「嫌だったら答えなくてもいいけど、君はどっちだった。彼を抱きたかった? 抱かれたかった?」
それは心臓への最後の一突きのようだった。


「デク、デク、」
「わお」
部屋はうだるように暑かった。カメラと照明に晒されてもうほとんど何も考えられなかった。涎と涎を交わし、噛み付くように絡み合うともう理性なんてどこかに行ってしまった。
「デク」
「情熱的だね?」
「俺は、あんたが」
実家を飛び出して借りた狭いアパートの一室で、どうしようもなく勃起した日を思い出す。夏だった。俺はいらいらしていて、ネットサーフィンで憂さを晴らそうとしていた。操作ミスで再生したエロ動画に彼が映った。ベビーフェイスが魅力の期待の新鋭、そんなことが、けばけばしいパッケージに書いてあったと思う。
「うん」
「すき、」
「僕のどこが?」
がっしりとした指で舌をつまみ出される。薄い舌。小さな口。広い彼の掌に捕まれば抗いようがなく、それがあまりに想像したとおりで、眩暈すらした。際限なくよだれがたれていく。そんなふうに口を開かせられていたら二音を発するくらいがやっとで、なのに答えろと強制してくるその態度。べろをだした顔を仔細に下から見つめられていた。
「て、が」
「手?」
「あと、かお、と」
「顔?」
「こ、え…」
「声も?」
欲張りだね。ショート。嘲りのような、責めのような言葉に、下肢が反応する。そんなことを、全て封じて生きてきたつもりだった。俺は我儘じゃなくて、親父の言いなりに、何もかもを。ちぎれてゆく。
「っ……」
「そんなに気に入ってくれて嬉しい」
あっという間に下着が剥ぎとられねったりとした口の中に性器を含まれる。息を呑み、彼の頭を抑えていた。
「はぁ…っ、デク、そんな、いきな、り」
「だってなんか、君、すごいし」
どかそうとしても全然彼の顔を動かせない。全身焦げるように敏感になっていて手に力が入らなかった。でろ、と彼を支柱にして身体が溶けるような感じがあった。
「っ、あっ……はあっ、……っ」
「えっろ」
こうなればもうマグロでされるがまま喘いでいると、デクが見上げてきて目が合う。上目遣いは可愛かった。これも動画で見たとおりだとかすかに思う。はじめは反抗してみたけれどさらさら俺に勝ち目なんかなくて、だって俺が彼に惚れたのだ。どうしようもなく惚れたから、募集要項のとおりくだらない自撮りをして、バカみたいな応募用紙に小学生のような理由を書いて送ったのだ。
「あっあ、っ、でく、デク」
「反応いいね」
にっこり笑いながら、全然舌も口も歯もやめてくれなくて、それに興奮した。濃い緑の髪をかき回す、その感触は夢見たとおりに少しぱさついて、癖毛っぽくて、さわり心地がよかった。
「は…やいけど、なんか、おれ」
「あ、出そう? んー、待ってね、それはまだかな」
「あ、…」
「もうちょっと後のお楽しみ。僕のも舐めてもらえるかな」
するり、ぐでぐでの煮立った野菜じみたものになった俺の股の間から抜けて、彼はベッドのすぐ脇に立った。下着を下ろすと中から何度も見たのと同じものが飛び出してくる。黒くてデカくてその肉体に負けず劣らず逞しいものだ。はぁ、思わず理由のわからないため息のようなものが口から漏れた。
「舐めて、ショート」
「っ……」
促されて脳が溶ける。先端を含むとしょっぱかった。先走りか。俺に興奮してくれているのだろうか。それなら嬉しいことだ。デクのそこはデクそのものみたいに暖かくて心臓が浮き立つ。誰かのものをしゃぶって自分が興奮していることの、いみが、頭ではもうわからなかった。なにか滑空しているような感じがする。すべり、墜ちていく感じ。カメラのレンズにはデクの尻と一緒に俺の顔が映る。寄られていた。だらしない顔をしている。目が細められて、ぱっと見でも悦んでいるのがわかる。その俺を見つめながら、口の中で丹念に彼をなぞった。これをおぼえておかなければ、と、かすかに思う。忘れないように。できれば、死ぬまで。強めに吸うとぴく、とデクが身を震わせた。
「あ、きもちい」
「ふあ」
「あぁ…」
唾が止まらない。デクのそこはすぐ太腿まで俺の唾液で濡れた。分厚い掌が俺の髪をかき撫でる。さっきおれがそうしたようにだ。どうしようもなく疎(うと)んだ二色の髪、いびつな二色だ。出演が決まり一度真っ黒に染めて、でもすぐ落ちた。そんな烙印じみたものだ。
「髪ほんと、きれいだね…」
薄目を開けているデクが呟くように言った。直接話しかけるような声量じゃないからか、それだけは本心に聞こえた。応え方がわからず、しゃぶりつづける。きれいと、彼はさっきも言った。俺は、自分をきれいだと思ったことはなかった。幼いときから悪かった目つきは因縁をつけていると思われて喧嘩を売られることもあったし、右の火傷痕だって言うまでもなく醜かった。デクが息を吐いていう。
「一生懸命してくれるんだね」
「…覚えとかなきゃならねぇから」
「覚えておいてくれるんだ」
「おう、」
先程覚えさせられた台本を思い返す。あんまりこだわらずに、素でやってね。そんなことをよくわからない監督に言われたから、そこまで熱心に読んだわけではなかったが、中には俺の思いを移したような台詞もぽつぽつ見つけられて、これなら嘘くさくなく言えるかなというのもあった。その一つを言うなら今のような気がした。
「…デクさんとのこと、俺の一生の思い出だから」
「…っ!」
どく、と口に出たものが何なのか、同性のくせに一瞬わからなかった。遅れて、あ、イッたのか、と思う。相手より男優が先にイくのか。そんな筋だったか。デクを見やると彼自身も驚いているらしかった。やはりというかなんというかカットが入って、一度撮影が中断した。
 スタッフに差し出されたペットボトルを受け取って飲む。肩にはさっとガウンがかけられて、結構至れり尽くせりなんだな、と思う。監督がデクに近寄っていって何事か尋ねている。すみません、ちょっとびっくりしちゃって。そんな答えを聞き流す。台本臭くて変だったかな。少しだけ申し訳なくなった。


「ん、ん」
ベッドの上でセックスって格闘技だなと思う。毎日こんなことしてたら、そりゃ鍛えられもする。デクの体はがっしりして重くて、その感覚だけは動画を見ていてもわからなかった。画面越しにアホみたいに扱いて想像するしかなかったものが目の前にある。思わずつぶやく。
「くそ、」
「ん?」
「くやしい」
「え、そこはうれしい、じゃなくて?」
「くやしい、よすぎて」
「はは、いいね」
異様に柔らかい枕とマットレスに溺れそうだ。正常位の姿勢で入れられていて、屠られる獣そのものみたいだった。ほとんど身動きが許されず、股を開いて、だらしなく喘ぎまくるしかできない。どんな顔もじっと見られて、ぱた、と滴り落ちてくる汗に、マーキングでもされているような気がした。デクのマーキングなんて願ってもねぇな。そう思う。俺も汗をかいていて脇も腹もぬるぬるだった。デクはそこをふんふんと嗅いできては「ショートくんの汗の匂いだ」と笑った。動画でそういう彼を見たことはなかった。これももしかしたら彼の素の性癖なのかもしれなくて、それを知れたことに何か感慨のようなものが湧く。キスの合間、挿抽の合間なら、どんなことも口走れる気がしてきていて、知らないうちにそこに甘えていた。
「俺も、デクさんの汗、好き」
「そうなの?」
「垂れてくるのが、すきだ。雨、みたいで」
「変わってるね」
がっちりした肩の筋肉にしがみつく。女ってこういう気持ちなのかと思う。これは、ハマるな。そう思った。強い快楽を与える男に縋りついてゼロになる。曝け出して呑み込まれる。気づくと今度は後ろから肩を掴んで入れられていた。無遠慮に押し入ってくるものが、ずく、と変な場所を突いた。
「あっ、」
「ショートくんのいいトコここかな?」
「うっあっ、ぁ、あ、あああ」
ぺろり、と唇を舐めた彼に片足を上げられすっかり犬のようだった。前立腺、なんだろうたぶん、デクにそこを狙われると全身を貫くようなひどい快感がきた。反らした体の下にぶらぶら揺れる勃ちきった自分の性器が見える。本来いれるものなのに完全に役割を放棄していた。持ち主は孔で喘いでいる。目を閉じる。こんなのは完璧にアンバランスでインモラルだ。
「っあっ、い、く、デク、デク、でく、っイく、」
「いいよ、イって」
「っ、ああぁっ、あっ…!」
命令として囁かれ、目を見開いたまま、完全に彼に体重を預けて射精した。



「お風呂入れる?」
スタッフに問われて、ベッドから立とうと床に片足をついて、それががくがくとするのに気づいた。
「ちょっと休まないと、無理かもしれないです」
そう答えると、
「素人さんはそういう子多いんだよね。デクさん足腰強いからなぁ」そう言って笑われる。
「すみません」
頭を下げるととんでもないというように手を振られた。
「いいよ、あとでギャラとか打ち合わせとかもあるし、ゆっくり入って」
「わかりました」
と頷く。監督と話しているデクのたくましい背中を眺める。終わりか。終わりだ。空っぽの手を見て思う。終わりなんだと言い聞かせる。天国が終われば地獄がある、そういうことだった。話が終わったらしいデクがふいと振り向いて、逸らす前に目線が合った。見つめていたのがバレただろうか。ひやっとした。未練がましいヤバいファンとか、思われたくなかった。すぐスタッフが話しかけに行き、デクの視線が逸れてほっとする。
早く足が治らないかなと思う。それならシャワーを浴びにいける。あまり長くここにいたくないようで、その一方で少しでも長くデクと一緒にいたかった。どうしようもない思いが頭を二つに引き裂いてきて、体が固まって困惑した。
「……ショートくん」
「へっ…あっ、はい」
声をかけてきたのはデクで、それがあまりにも予想外で、鳩が豆鉄砲を食らったような声がでた。さっきまで抱かれていたベビーフェイスが、がっしりした体が再び隣に座ってきて、身じろぐ。
「スタッフさんに聞いたけど、足平気?」
「あ、はい、もうちょっとすれば」
「ごめん、君が可愛くてちょっとやりすぎた」
「え?」
 あ、ありがとうございます。思わず聞き返してから、調子に乗らせたと思われたくなくて、そうつぶやく。これは男優流の社交辞令なんだろうか。
「…あのさ、これからギャラとか打ち合わせとかあるんだってね」
「そう、みたいです」
「なんかさ。素人さんってそういうのよくわかんなくて、時々業界で問題になったりするから気になって。余計なお世話なら断ってくれていいんだけど、よかったら、僕も立ち会おうか」
「………は、」
どこまでも暖かな彼の優しさを前にして考えたのは、浅ましいことに、これに乗ればもう少し長く彼と一緒に居られるということだった。



「今日はほんとありがとうございます」
「いや、こっちこそ。ごめんね長い時間」
「いえ、俺……デクさんといれるなら、いつまででもいます」
言った言葉に返ってくる言葉が、すぐになくて、変なこと言ったか、と思いながらレモネードを啜った。距離が近かったろうか。でも、本音だし。これくらいなら、別に、ファンとして普通だろ。デクならこのくらいのこと言われ慣れているに違いなかった。事務所から出てすぐ入った喫茶店の喧騒は心地よく全てを覆い隠すようだった。先程までしていたことも、彼の職業も、自分の過去も。ほんとにそうならいいのになと思う。もし彼と。普通の友達とか、更に都合の良いことをいえば恋人で。こうやって普通に、待ち合わせしてお茶とか飲んで。そうならいいのに、よかったのにな。本当に何回繰り返しても、それはずっと残念なままだった。氷で嵩増しされたレモネードを、できるだけゆっくり飲んだ。これが尽きるまでは一緒にいられると勝手に決めた。
「ショートくん、独り暮らし?」
デクの声はさらりとしていた。引かれていなかったかはそれを聞く限りではよくわからなかった。
「はい」
「仕事、とか。聞いていい?」
「仕事は辞め、ました」
「さっき言ってた女の人絡み?」
「いえ。父のコネで入った職場で。嫌になって」
「そうなんだ」
やはりデクは、プライベートでも人当たりがよくて、優しそうだった。穏やかな笑みで相槌を打ってもらっていると、すぐ思い上がって、この人なら何でも受け入れてくれるんじゃないかと思うくらいだった。重い身の上話とか、暗い悩みとか。居心地の良さにひそかに焦る。
「じゃ、このあともう、時間あるんだ」
声は、微妙にひきつれていて、ちょっと変だなと思った。デクの顔を見返す。少し、強ばっているような感じがして、でも基本的にはやっぱり優しそうな笑みだったから、また卓の上に視線を戻した。
「俺別に寄るところもないから、帰るつもり…なんですけど」
しかし、たとえ優しさからだとしたところで、独り暮らしかとか、時間あるかとか、軽い気持ちで聞いてきて調子に乗らせないでほしかった。
「……でもちょっと帰りたくなくて」
「え」
「…デクさんについてきてもらえたらな、とか、思ってます」
断るなら断れよ。それで終わるんだよ。なぜかそんな捨て身のことを思う。彼の優しい笑みが崩れて全ては終わって、彼の動画と思い出という残り香に縋って生きる自分が、ありありと思い描けた。氷はまだ固くて、がたんと音を立てて彼が席を立ち、あ、泣きそうだな俺、と思った。次の瞬間無理やり腕を引っ張られてよろけるように立ち上がっていて、目の前に真剣な緑いろがあった。
「行こう、ショートくん」
「は、」
「君の家に、行こう」



甘かった。焦げるかと、思った。甘くて焦げると言ったらカラメルで、あれみたいに茶色く薄い硝子になって、しまいには割れていきそうだった。ひそめた声で素早く、本当に早く、何か急くように会話を交わしていた。
「デク、」
「違う」
「え」
「いずく」
「いずく?」
「みどりや、いずく」
余裕はなかった。部屋について鍵をかけるなり玄関口にもたれ込み、強くドアに押し付けられていた。息が、詰まる。汚い部屋だった。そんな部屋に彼を通すなんてと後悔しながら、行き着く先がそこしかなかった。二人きりになれて誰も知られない密室なんて、ここにしか。
「ショートの名前は」
「い、いずくさん?」
「早く!」
噛み付くように促されて、ほとんどこれでは脅迫だなと思って、でもこんな甘い脅迫を受けたことがねぇなと、痺れるようにかんがえた。指先がわななく。あまりのことに目が潤んでいく。
「しょ、しょうと」
「え」
「とどろき、しょうと」
「そのまま?本当に?」
デクの、穏やかな顔はもう溶け去って、今は本当にどこか苛立ったような、真実の俺を差し出せと迫るような、感じがした。それがお前の、男の貌か、と薄っすらと思った。
「ああ、ほんと」
「、無防備すぎだろ」
「っ……」
ぶちぶち、引き裂かれるような勢いでシャツが脱がされていく。舌打ちすら、していなかったか。こんな叱咤のような言葉で脳がよじれることがあるのだと初めて知った。探り出された胸の尖りに乱暴に歯を立てられてびくびく腰が跳ねた。
「っ……ぁ」
「ねえ、何なの、君、こんなきれいなのに、なんであんなの出てるの」
「は」
「ほんともう、契約書引きちぎろうって何度も思ったよ…」
「そんなことは」
「あるんだよ」
怒られているのかもしれなくて、それと同時にものすごく興奮されているのだとわかった。感情と欲望の対象がどちらも自分のようだった。
「そんなされたら、喋れね…」
「だって抱きたいんだから仕方ないだろ!」
「そんなの、変だ、だって怒ってるのに」
「僕だってなんかバグってるなって思ってるけど、無理」
じゃあ俺はこれから抱かれながら怒られ続けるのか。なんかそれはすごく、おかしい。でも甘やかされながら抱かれるのと、なんら変わらない気もする。それってどうして、俺はどうしてそんなふうに思う。デクに襲われたことが嬉しくて頭の芯から蕩けてるのか。これもバグか。
「はは」
「笑い事じゃなくて。お金ほしくてって言ってたけどさ、違うでしょ、お父さんのコネとか言うし実は結構良いとこの子なんでしょ君は」
「そんな一度に、言われても」
「答えて」
「あとで、答えるから」
性急に求めてくる男の頬を撫でてみる。そばかすを、なぞった。
「…今は、抱けよ、デク」
興奮にかすれる声で促すと、彼は一瞬目を剥いてから、クソっ、と吐き捨てた。



何回したかわからなかった。一回きりだと思っていた彼へのフェラは、際限なく要求されて、しまいには顎がぱかついてきて、もう一生真っ平だこんなん、とまで思った。竿だって玉だって孔だってそれ以外だって限界なくらいいじられて、場所によってはひりひりするぐらいで、彼に上書きされまくった感じがあった。凶暴な歯型やキスマークは尻たぶや肩、頸筋に知らない間についていて、躾を知らない犬のやり方に似ていた。へばりにへばった俺に対してデクはさすがAV男優で、気だるげではあったが、比較的けろっとしているように見えた。
「いてぇ…」
「ごめん。僕のお金でよかったらなんか出前取ろうよ」
「……じゃあ蕎麦」
「え、蕎麦なの? 渋いな。マックとかお寿司じゃなくていいの?」
「そんなの今食えるか。蕎麦がいい」
「あー、そっか…」
蕎麦はもとからの好物だったけど、それは面倒で言わなかった。油ものも生ものも、ぐちゃぐちゃにかき回された感覚が生々しく残りながら、口にできる気はしない。
カラ、と彼が音を立ててサッシを開き、ベランダに出ていく。物干し用のクロックスを勝手に使われていた。日はとっくに沈んでいて、薄闇の中を電話をかける彼がふかした煙草が蛍のようによぎる。車の音と、街の音が部屋の中にも静かに響いてくる。秋だった。月夜に浮かぶ彼の後ろ姿を、珍種の動物でも迷い込んできたような気持ちで眺める。後ろから見てもがっしりしていた。肩幅、胸板、不釣り合いに小さな頭だ。その上に柔らかく広がる緑の髪の感触を、とっくに好きになっていた。
「はぁー久しぶりにめちゃくちゃ出したなぁ…」
そんなことをつぶやきながら彼が戻ってくる。
「いっつも仕事で出してんじゃねぇの」
「無理なく出せる範囲で受けてるんだよ、僕は」
「へえ…。今は?」
「今はもうめちゃめちゃ無理した。きみがエロ過ぎて」
「…おかしいだろ」
「おかしくない。だってきれいなんだもん、最高に興奮する」
強気に断言されると、二の句が告げない。こんな子が来るなんておもいついたこともなかったな。さらりと噛みしめるようにつぶやかれて、やはり、意味が呑み込めなかった。
「普通こんなに抜いたら賢者タイムだろうに、やっぱきれいなんだよなぁ…」
「なんかフィルターかかってるだろ、それ」
「うーん」
ふいと顎を大きな手で掴まれた。無理やり口を開かせられる。
「もぅ、あご、いへぇ」
「口の中もきれいだし」
観察するように見られて落ち着かない。離せ、と言って首を振ると、案外すぐ解放してくれた。それで、と切り出される。
「なんでAVなんか出たの?」
「…そんなの、あんたとしたかったからに決まってる。それ以外ないだろ」
「僕は、君と」
プライベートで会ってても、多分、寝てた。そんなことを言われたって、そんなの分かるわけがなかった。じろり、と不満げな彼を睨む。
「あんたは俺を、きれいとかやたら言うけど。俺はそんなの思ったことない」
「えぇ?言われたことないの?」
意外そうに問い返してくるから、吐き捨てるように返した。
「ねぇよ。目つき悪いし、火傷だってある。こんな目立つところにあるんだから、きたないだろ、普通」
「いや、全然、気にしてなかった…けど」
「あんだけ間近で俺の顔を見ておいて、あんなにキスしておいて、そんなのあるか」
「だって、それも含めて君…だし。しょうと」
「……」
特に格好つけるわけでもきばるわけでもなく、むしろ脱力したような感じで、さらりと言われるから困る。これが大人っていうか、男優の余裕なのかもしれなかった。俺ばっかり問い質されているようだけど、デクが男優になった理由だってやっぱり謎で、でもそんなの一日会っただけの奴が聞いていいこととも思えなかった。だから違うことを訊いた。
「いずく…は俺とどうなりたいの」
「え? うーん、そうだよね……まぁ、でも結局僕仕事がこれだからなぁ。いずれ軽蔑されるだろうし、どっちにしても君は僕にはもったいなさ過ぎるなあ」
「……」
物柔らかにいかにも彼らしく遠ざけられて少し、ショックではあった。
「じゃあもう会わねぇわけ」
知らず声が尖りを帯びる。デクは考え深げに目を伏せたまま、それが多分一番正しいんだろうけどね、と言った。その声のもっともらしい感じがどうしようもなく癪に障った。
「…正しいとか正しくないとかどうでもいいだろ」
「しょうと」
「俺は会いたいのか会いたくねぇのか聞いてんだよ!」
知らず声が大きくなり自分でも驚く。デクはそれ以上にびっくりしたようで、目を見開いてこちらを眺める。幼い顔がますます幼く見えた。まるでまだ高校生の少年みたいだった。
「セフレでいいよ、嫌なら知り合いでもいいよ! いつでも来いよ、会えばいいじゃん」
「…しょうと」
口から出てきたのはまるで子供の駄々だった。あんなに長々としたセックスや上がり下がりした気持ちに擦り切れて、いつもはなんだかんだ押し込めていられたはずの心が、剥き出しになっていた。
「会えればいいよ、俺は……い、ずくさんに」
つんと鼻が痛くなった。これは本当に泣く寸前のやつだと思う。成人して以来この感覚を味わったことがなかった。喫茶店で別れを覚悟したときよりも更に涙が近いところに出てきて、垂れてきた鼻水をずる、と啜る。次の瞬間に抱きついてきたのはいずくで、それは抱きつくっていうよりほぼタックルだった。がん、と壁にぶつかり、
「いてぇ」
と呻く。
「ごめん、ほんとうごめんね、しょうと」
「は……」
「泣かせちゃったかな。鼻水出てる? かわいいな」
「いずく」
彼が顔中に口づけしてきてたまらなかった。逆に息苦しくて離せと身をよじるがびくともしない。鼻水も涙もまとめて吸われた気がして、微かにまじかよこいつ、と思った。
「きたねぇ」
「汚くない」
むしろ頑是ない子供に言い聞かせるように言われてたじろぐ。しょうとは汚くない。ふわっとした顔立ちのくせに、真剣な顔だとやけに圧が強い。息せききったように言われた。
「会いたい。会おう。これから、絶対来る」
「ほんとかよ」
「うん、君こそうんざりしないで」
「…するかよ」
そっと視線を交して、抱き締めあって、やけに空気が甘ったるくなった。どちらともなく目を閉じて、唇が重なる。舌が絡まる。またカラメルの感覚になりかけたところで、ようやくインターホンが鳴った。









2022.10.05 Pixivに投稿
2022.10.06 サイト掲載
男優デクのちょっとすさんだ感じにもえています