出轟とかっちゃん








爆豪+出轟からラブコメの波動を感じる小ネタ。ちょっと轟出に見えるかもしれません。轟くんこんくらいやりそうなんだよなぁ。





「んーーだーーよクソデクぅまさかお前この俺とやろうっつってんじゃねえだろうな、あァン!?」
「めっ滅相もないかっちゃんそっそんなことは決して…」
「はあぁ!?じゃあ黙っとけやこのカァス!!クッソナードが!!」
「ひ、ひぃ…」
この二人がこういうやりとりをするのは、見慣れている。誰に対しても突っかかっていく爆豪だが、こと緑谷に対しては血圧がたかい。傍目に見ていても緑谷が特に喧嘩を売ったり怒らせることをやってるようには見えねぇのに、爆豪は何の助走もなくフルスロットルにキレる。
それは爆豪と緑谷が幼馴染で、昔からの蟠りのようなものが残っているからだということ、それは1-A全員が何となく共有しているこの二人に対する基礎知識だ。主に拗らせているのは爆豪の比重が高く、まわりが言っても手のつけようがねェだろうなと薄々察せる部分もあった。当人の緑谷はその度ビクつきも怯えもしているが、時折案外するっと爆豪に声をかける。大抵その度に理不尽に怒声を浴びせられてビビり、また忘れた頃にぬるっと話し掛ける。そのよくわからなさが、まぁ、幼馴染の由縁というか、その腐れ縁的なもの特有の感じ、なのだと思う。
(にしてもなんか、今日酷えな)
一応そういう事情があるから、基本この二人のやり取りは聞き流すし、流れ弾的に自分が爆豪に絡まれてもそういうやつだと受け流すことにしている。よく聞くとわりと正論を言っていることもあり、普通に言えばいい話じゃねぇかと思うこともあった。もう一種の癖というか、実際そこまで怒っていなくとも言動に染み付いているのかもしれない。
研修の都合上、父にも最低限のことは伝えてある。俺にもよくわかんねぇけどあの二人はいつもああいう感じなんだ、と。父はふむ、と首肯し、難儀なことだな、とだけ言った。難儀。まぁ難儀だよな。エンデヴァーの父親としての資質は最低だが、この二人を指導する一プロヒーローのコメントとしては妥当なところだ。
その日は朝から爆豪の虫の居所が悪かった。仕事中は必死で会話する余裕も生まれないのだが、食事休憩や水分補給の際、爆豪はなぜかいちいち緑谷に絡んだ。そういうタイミングで、折悪しくエンデヴァーが単独で離脱し(知っていたが万年二番手なだけあって肝心なときに役に立たねぇ男だ)、研修生は待機時間になった。今日三回目の爆豪の怒号を二人の横に座って聞いているとき、轟はつい口に出した。
「おい、それくらいにしといたらどうだ」
「…あ゙あ゙!?」
緑谷に掴みかからんばかりだった爆豪が振り向く。その額にビキ、と新たに青筋が立つ音が聞こえる。その視線を見返して、
「緑谷困ってるだろ」
と投げ返す。
「とっとととどろきくん、い、いいよ僕は、大丈夫だから」
「…大丈夫には見えねぇけど」
「お前は黙っとけや!!」
「黙ってほしいなら少し頭冷やせよ。いつもはもっと静かだろ、お前」
びくつく緑谷がそれでもなお俺のほうを気にかける。その姿は、脳裏に染み付いている、親父に怯えるかつての母の姿とだぶった。あぁ、だから俺口突っ込みたくなったのかな。頭の片隅でぼんやりとそう思う。睨んでくる爆豪を正面から睨み返す。こういう顔は久々にするな、とも思った。
「別にお前らの事情に口出す気はねぇけどよ。今日酷ぇぞ」
「いやテメェに言われたかねぇんだよ!!何様だよお前!!」
「俺か。…俺は緑谷の友達だ」
「うッッぜえええエんだよ!!!!」
何かの癇癪を爆発させるように爆豪はそう吼える。なんか、止まんねぇな、こいつ。怒りの形相を前に、一瞬呆気にとられてそう思っていると、弱い力で手首を掴まれ、目線をやると緑谷がいつもの困ったような笑みを浮かべて顔を耳元に近づけてくる。顔を傾けて身長を合わせてやると、彼が小声でいった。
「ごめん轟くん、ちょっとこっち来て…」

「ああなるとかっちゃん自分でも止められないんだ。だから、一旦視界から消えて、頭冷えるまで待ってるのが一番いいよ」
「…そうなのか」
彼と連れ立って入ったのは手近にあったコンビニで、ぴぽんぴぽん、と耳に馴染んだ入店音が鳴る。店内はいつもの日常で、平和だ。
「うん、あんまり言い返さないほうがいいと思う。何ていうか、かっちゃん、頭は悪くないからさ、血が上りやすいだけで。ちょっと時間あけたら、自分で戻してるはず」
「そういうもんか」
「うん、昔馴染みだからさ、大体わかるんだよね」
苦笑しながら緑谷は陳列棚を眺める。つられて俺も視線をそっちにやった。歯磨き、ノート、化粧品。普段改めて意識することもないものをこうして眺めている。
「そうか。…悪ぃな、口出しちまって」
「いや、全然いいんだ。僕のためにありがとう。ていうか、かっちゃん迷惑かけちゃってごめん、エンデヴァーの研修中に」
「…それは爆豪が謝ることでお前が言うことじゃねぇだろ」
ぽつりと言うと、緑谷は、たしかに、と言ってまた苦笑した。轟はごく近くの自分より小さな彼を横目でそっと見る。いつものとおり広がりがちの緑の髪に遮られて、そこまで表情を仔細に見ることができない。彼の真横に並ぶとはこういうことだ。授業、学食、寮の広間。そういう場所の数えたこともない記憶が蘇ってきて混じり合う。いつからか馴れ覚えてきたように思う、彼の隣。この位置だ。余計なことかとも思いながらしかし、なお口に出した。
「あんまりあいつを刺激しねぇほうがいいってのは何となくわかってたんだ。でも、昔の家が俺の中に染み付いちまってるみたいで。お前が、かつての母と重なった」
熱湯、跳ね返る薬缶、薄暗い部屋。それ以外。右目に手をやろうとしてやめる。俺は母を恨んだことはなく父だけを憎み、それはただ単純に、俺を愛した母を愛しているからだ。緑谷が小さく息を呑む音がする。顔なんか見なくとも、大っぴらな同情も安い慰めもこいつなら言わないと、いつからか当然のように信じていた。
「それは轟くんが優しい人で、根っからのヒーローだっていう証だよ」
緑谷はやはり暖かで、労りすら含んだ声音でそう返してきた。ひなただな。そう思う。緑谷は押し黙ってしまった俺を少し見つめてから、沈黙を埋めるようにひとり喋り始める。
「それにしてもかっちゃんが昔のエンデヴァーかぁ、まあちょっと、似てるかもね。あの二人相性も悪くなさそうだし。エンデヴァー事務所を選んだのはかっちゃんにとっても正解だったのかも、シナジーっていうのかな、意外とそういうのがあったのか…」
さらさらと流れていく。彼特有のそれは平常どおりに見えて多分、今の俺の気分を少しでも和ませるためだ。その優しさに紛れ込み、小さく反駁が口から滑り出した。
「ヒーローだからとかじゃなくて、俺がただ、緑谷を守りたいって思ったんだ」
「、――え?」
なんかずれたことを言ってしまったかもしれない。けど、これを言わず彼の隣に立つことはやけに嫌だった。それは不誠実で卑怯な行為に思えた。そんなものを抱いて彼の隣に立つことは許されないことだと思う。友人という言葉で包むにはどこか行き過ぎて埒がない感情だと思えた。
「緑谷」
低く名前を呼んで、彼の肩を掴んで無理にこちらを向かせる。ちょうど近くの商品を見ていたおっさんが、ちらっとこっちに視線をやる。そんなことはまるでどうでもよくて、ただ丸い緑の瞳だけを見据える。
「これからまた爆豪がああなったら、俺はお前を庇いたくなることがあると思う。困らせたくないから極力言わないようにはするが、それでも、いいか」
「…え?え?」
伝わっていないだろうか。ことばがもどかしかった。胸の奥がいつになく焦れる。彼の唇が僅かに動いて躊躇うように止まる。
「だから、俺が勝手にお前を、守りてぇと思っていてもいいか、って聞いてる」
「ちょっ、それは…」
「――お兄ちゃんたち、アツいね!」
「は」
緑谷の返事が出る前に口を突っ込んできたのはさっきのおっさんで、思わず二人して振り向く。若いねいいね青春だね!サムズアップまでしてくるのはもう典型的にウザいやつで、早くどっかに行ってほしくて、はぁ、とだけ言った。多分愛想は死ぬほど悪かった。緑谷がははは、と引き攣ったような笑い声を上げる。「おおおっお騒がせしました!」と声を張り上げ俺の手首をつかみ、何故か強化の個性まで使って走り出す。二人転がり出るようにコンビニをあとにする。


かっちゃんは思ったとおりとりあえずは気を取り直していた。彼が僕に対して気を取り直すというのはつまりむっすりと押し黙って全てを無視するということで、それは別に馴れきった話でなんとも思わない。けどかっちゃんが喋らないということは話すのは自然僕と轟くんになるわけで、いやそれはちょっと困るだろ。
と思っていたらエンデヴァーが戻ってきた(流石No.2、いや現行は既にNo.1ヒーローだ、めちゃくちゃ頼りになる男じゃないか)。彼を追って再び三人で飛び始めながら、記憶が蘇りかっと頬が熱くなる。お前を守りたいなんて、少女コミックなら一級品のヒーローの告白だ。超がつく山場だ。彼にそういうつもりがないのはわかっている、わかっているのに、なんか心臓のバクバクが止まらない。
ていうかそんなのの許可を求めてくるなんて彼はどこまでピュアなんだ? いや一周回ってチャラいのか? 轟に限ってそんなわけないとわかりながら、もはや彼の天然というか才能っていうか、あまりの人たらしっぷりにくらくらする。そんなふうに全身に風を受けて跳んでいく。ビルや電柱、マンションの屋上、様々なものを蹴って、重力と飛翔の間を跳んでいく。多分集中できていなかった。着地した先で足場がぐら、と揺れ、全身の重心がいともあっけなく崩れた。どさ、と倒れ込んだ僕を支えたのは下で美しく氷の粒を散らし奔っていた轟くんだ。さっと全身を冷気が覆い、知らず火照っていた体を一気に撫でていく。その心地よさに、戦いや共闘を通じ知っているはずのそれに、なぜか息を呑んでいた。
「危ねェ、緑谷」
耳元でびっくりしたようなバリトンがいう。いやもうほんとこれは、ずるいだろ。てかさっきから僕情けなさすぎる。
「あぁもういやほんとごめん…」
「? なにが」
「いやもうそれなら本当それで全然いいんだけど…」
もごもご、答えになっていない言葉を口にする。互い違いの色の瞳がなんの衒いもなく見つめてくる。いやもう、信じきっている、信じきられてるなぁ。遥か上空を、かっちゃんがどけや!と一喝して飛び去って行った。いや元々ぶつかんないし…というかそういう問題ではなくて、こうしていてはどんどんエンデヴァーと離れていく。轟の動きまで止めてしまった。並行できない量の思考に一瞬だけ混乱する。
「…落ち着け、緑谷。適当に水分でもとっとけ」
すっと身を離して、目線も逸し、轟が言った。ちらと見えた横顔はいつもの通りクールだ。こちらに背を向けて、再び走り出す準備に二三度屈伸する。
「あ、わ、ごめん」
「別に返事は、いつでもいいから」
霜の立つような音を立てて一瞬でまばゆいばかりの氷の路が築かれる。言い捨ててあっという間に遠去かっていく彼の背中を呆然と眺める。いや今のセリフもまるで少女コミックじゃないか。ていうかろくに喋れなかった。あとでちゃんと謝らなきゃ失礼だ。でも男が男に守っていいよなんて、いやヒーローがヒーローにそんなこと、普通言えないだろ。君ってほんといったい何なんだ。








(2022.10.08 サイト公開)