対スマイリー









少し前から、なんだか妙な雰囲気になりやがったなこいつら、ということには勘づいていた。

こいつらと不本意ながら駆り出されることが増え、行動を共にするようになったのは、言うまでもなく片割れである轟、あいつの親父のエンデヴァー事務所にインターンで詰めたときからだ。最初こそまァ、主役の俺が喋んねぇわけだし脇役同士なまぬるく話しているのは普通のことだと流していた。おかしくなってきたのは、丁度あの人を馬鹿にした敵(ヴィラン)――スマイリー、絵描き野郎が、さんざん市街を引っ掻き回して最終的にはちゃっかりネットで成り上がりやがった、その頃からだ。情報がないまま出動要請が出て、俺は単独行動をとり、脇役は二人で何か連携案を打ち合わせていた。俺が絵描き野郎の進路を先回りして奔っていた近道、通り沿いの公園の並木のむこうに、あいつらが見えた。
……なんか、抱き合ってねぇか。
そう見えた。



あいつのスマイルをまともに食らった。ひとたまりもなくて、速攻地面に転げ落ちて、笑い始める。落ちた先は幸いにも草原で、どこかの公園みたいだった。
「っひっ、ひっひっひっ、っは、っはっは、あはっ、は、は、あーっもうやばい、止まんない」
「くっ……は、あ、は、ふ、み、みどりや、か」
少し向こうでそう言ってくる声があって、はっきり見開いていられない眼をむりやり開けてあたりを見回す。先客がいた。轟くんで、お腹を抱えて突っ伏している。ヒーロースーツの肘膝が擦り切れそうで心配になる、なりながら、笑いが止まらない。立ち上がるなんて夢のまた夢で、仰向けのまま腹を抑えて爆笑しながら、足を少しずつ地面に蹴りつけどうにか、彼の方に這いずりよっていった。
「そうそう、はぁ、ぼく、と轟くん、はは、きみ、だ、だいじょ、ぶ、?」
ぶふ、ぶは、ははははは。そう問いかけた直後、また笑い転げる。公園の只中で轟くんと二人、爆笑する羽目になっていた。
「あ、あぁ、なんとか、……っふ、ふふ、く」
「あーーくるしい、もうさぁ、だめでしょねえ、君とか普段、わら、笑い慣れてないわけだし、おな、はっ、おなかとかさ、い、いたくない? ヘッ、へいき?」
途中でちょっと声が裏返ってしまって恥ずかしい。でももう、そんなの構ってられない。ぜいぜい、笑いの切れ目で必死に息を吸い込んで、彼に話しかける。
「おぅ、あぁ、なん、なんとか、たぶん、」
うずくまって笑いを押さえ込もうとし、顔が真っ赤な轟くんが、地面からちらっと目を上げてそう応える。しんどそうだった。きっと僕も顔は赤い。だってもう上がったまま強張った口角が痛くて、ずっと緊張している腹筋が限界で、止まらない笑いっていうのは実際こんなに苦痛なんだなと文字通りいやそれ以上に痛感する。地獄の刑にあってもおかしくない、見た目には最高に間抜けなところがまた味噌だ。これなら針千本のほうがまだ悲壮感があって同情が買える。こんなことを酸欠の頭で考えて気をそらそうとするのだが全然うまく行かなかった。
「む、むりしないでねほんと、はっ、舌噛んだりとかさ、心配だしっ、」
「お、おう、っ…ふ、ふっ」
「っは、ははっ、あーっ頭痛い、お腹痛いなんなんだよあいつ、」
「最初は…あなどってたけ、ど、っはぁ、てごわい、な」
「ほんとそう、ほんとそうだよね? はや、はやくエンデヴァー、っ、エンデヴァーにこのこと、伝え…はっ、あはははっ」
「あぁ、くそっ…」
何故かこんな時なのに空はいやに青く晴れあがり抜けるようだったけど、笑いの余波でがくがく顔が震えるので全然よく見えない。お花がきれいに咲いていて、蝶もひらひら飛んでいて、本当に馬鹿みたいだった。
笑いが引いてきたのはそこから何分だった頃だったか、もうわからない。いっそ殺してくれたほうが楽なんじゃなかったか、そんなことをすっかりひからびた喉と今にもえづきそうな胃に堪えながら考えていた。とっくにだるい足とか、こわばった指が、土嚢のように重い。ぐったりのびて、ああやっと、嵐が、過ぎた、とそれだけを思った。隣でうつ伏せになった轟くんも、同じように伸びていた。虚ろな目で、乱れた髪で、心なしかげっそりしている。
しばらくそのまま横たわって、二人で風に吹かれていた。さわやかな春風が髪をなで、やわらかに過ぎ去っていく。
「………」
「………」
「………おわった、な……」
「……うん……」
「…おまえ、だ、いじょうぶ、か……」
「………」
答えようにも、もう一ミリも口を動かせる気がしない。ただ笑い転げていただけなのに、死闘を繰り広げたような虚脱があった。
「……おい……」
「………あん、まり………」
「………だよな……」
はぁ、彼が一つため息をついて、ゆっくりと動き出す気配がする。横目で見ると、ぐ、と腕を突っ張って上体を起こそうとしていた。こういうとき、幼い頃からのエンデヴァーの訓練の成果なのか、彼の動きはいつも一足めが早い。胆力があるというのだろうか。同じ能力を食らって、同じ時間笑っていたはずなのに、それでも動き出せるのは本当に凄かった。
「………」
「お、きろ、みどりや……」
仰向けの視界の中に彼が入ってくる。髪と顔には土埃がつき、目は泣き腫らしてむくみ、口には幾筋もよだれの跡がのびている。本当折角の美形が台無しで、こんな町中の戦闘で見たことがないほど満身創痍だった。だって、いつもなら氷や炎で応戦するもんな。戦えない相手、戦わずして弱らせられてしまう相手というのは本当に厄介なんだな、と、思ううちに、脳が強制終了していく感じがした。
「………」
「……ねるな……」
掠れた声が力なく呼びかけて、唐突に襲ってきた睡魔に半目になりかけた僕を起こす。
「…ぁ、いかなきゃ、なんないんだよね…」
「ああ………ひが、いしゃが、ふえるだろ…」
「……だよね…」
薄れかける意識でワンフォアオールを呼び出す。腹筋に力を入れて息を吸い込み、なんとかようやっと、上体を起こすことができた。
「たて、るか」
ちょっとふらついた轟くんが、僕の肩のあたりに手をついて、囁くように尋ねてくる。酸欠の余韻を引きずって気が遠くなりながら、それに頷いた。
「がん、ばる…」
「おう、いっしょに、たつぞ……」
どちらからともなくもたれ合い、おしくらまんじゅうの要領で時間をかけて立ち上がる。僕がふらつけば彼が抑え、彼がしゃがみ込みそうになれば僕が支えた。何回もやり直して、二人してやっとのことで立ち上がる。いくぞ、うん、そんな合図を何回交したかわからない。縋り合うようにして移動して、一番近くの遊具にもたれかかるまでどれほどかかったのだろうか。五分くらいな気もしたし一時間近く経った気もしていた。
「こっから、かえ、帰んのか………」
柱にもたれたまま、流石の彼もちょっと呆然とした口調でつぶやく。
「……いやほんと、そこなんだよね……」
僕も俯いたまま相槌を打つ。その時遠くから、耳に馴染む爆音がした。徐々に上空から近づいてきて、憔悴しきった僕らの前に降り立ったのはかっちゃんだった。うわ、来てくれたんだ。嬉しいけど喜べない。
「……いやおまえら、おまえら公衆の場で何してんだよ……」
「へ……」
「ベタベタしてんじゃねえええええよこのクソホモ共があアアッ!!!」
キイン、と光線の音がたって、超火力が彼の籠手に集まっていく。なにしてんだよ、はこっちのセリフで、でもぱっと言い返す体力なんかない。それは轟くんも一緒で、もたれたまま、かっちゃんの発射準備が定まっていくのを虚ろな目で眺めている。
「なにって……?」
「……なんだ……?」
ふたり揃ってゾンビさながらの反応を見せるとかっちゃんは一瞬本気で怯えたような顔をした。
「いやテメェら……さっき明らかに抱き合ってたただろクッソおぞましいわ!!死ねカァス!!」
「いや…てか見てたなら助けて…」
「ウゼェわ一回気色悪すぎて視界から消したんだよ脇役共が! 戻ってきてみたら疲れきってて反吐が出るわ!! これから金輪際俺の側に寄るんじゃねェ!」
「ええ……何その想像力……」
「誤解だ、爆豪……」
そういったタイミングで力が抜けたのか、よろ、と轟くんがよろける。思わず手を伸ばして僕が支える。
「だいじょうぶ…?」
「あぁ、すまねぇな、みど、りや……」
腕と腕が絡む。そうしたくてしてるんじゃなくて、お互いよりかかり合わなければ満足に立っていられないのだ。彼の顔が間近にあって、僕の顔をのぞき込んだ。さら、と砂埃に塗れた髪が揺れる。不揃いの目が、疲れたように、でも僕を見て弓なりになる。一瞬、それに目を、奪われて、
「っうツッっぜええェェ!!!! 帰れやテメェら!!」
結果至近距離で見つめ合うことになったぼくらにかっちゃんはキレまくり、でも最後には、それが敵の能力だということを、切れ切れの僕らの話から聞いて、あぁん?と眉をひそめて盛大な声を上げたのだった。



おわり




えっちだなと思って書きました。
アニメっぽいギャグ描写ってむずかしい。笑ってる感が出せてたらいいな。

(2022.10.08 サイト公開)